行政が実施した騒音対策事例は、騒音問題解決のヒントとなる貴重な情報源です。 しかし、多種多様な事例の中から、自らのケースに最適なものを探すのは容易ではありません。 そこで、本記事では、弊社が実際に経験した騒音測定事例を参考に、環境省の資料から類似事例の対策案を、解説を加えながらご紹介します。
第3回として、今回は隣接する工場からの低周波音の事例を取り上げます。
第3回 【事例 10】 隣接する工場からの低周波音
事例の本文は下記のリンクよりご確認できます。
・低周波音対応事例集(平成20年12月)環境省 Webページ
・この記事で扱っている事例【事例10】
今回の事例で特筆すべき点は、騒音レベルが規制基準を満たしているにも関わらず、低周波音に対して行政と工場側が積極的に対応している点です。 一般的に、工場騒音は規制基準内であれば、それ以上の苦情に対応することは難しいとされています。 しかし、この事例では、低周波音に対する具体的な規制基準がない中で、行政と工場側が問題解決に向けて動いている点が、同様の問題でお悩みの方にとって、とても有益な事例なのではないでしょうか。
この事例のポイント
・騒音レベルは規制基準以下だが、低周波音は参照値を上回る
・苦情を申し立てている人数は1人(周辺にも苦情を申し立てる家はない)
・工場側の積極的な対応により問題解決
【事例10】の要点
発生源 | 集塵機・印刷機 |
苦情内容 | 部屋の中で音が気になる |
対策方法 | 工場建屋壁面の防音性能強化、集塵機への防振ゴム設置、印刷機のメンテナンス |
現場の確認
苦情申立者は1名で、周辺住民からの同様の苦情は確認されていません。 このため、低周波音問題でよく見られる、苦情申立者が孤立した状態にあります。 苦情の内容は、隣接する工場から間欠的に発生する音が不快であり、特に居間でその音を感じるというものです。 調査員が現地を確認したところ、音は確認できましたが、圧迫感や違和感などの不快感は感じられないと報告しています。
工場騒音は多岐にわたるため、特に間欠的な音を把握するには長時間の観測が必要になります。 今回のケースでは、調査員は現地調査時に不快感を感じませんでしたが、その後2日間の測定で、心身苦情の参照値を上回る低周波音が確認されました。 このように、原因不明の低周波音の調査は、時間をかけてそのレベル変動を注意深く観測する事が重要です。
測定
測定の結果は、騒音レベルは環境確保条例の規制基準以下としていますが、低周波音の調査では、40 ~ 80Hz の帯域で、心身苦情の参照値を上回っています。 下表の測定結果から、測定は2日に及んだことが覗えますが、詳しい内容については記載されていません。
対策の検討
低周波音の発生源となる工場側に結果を伝え、原因の調査をお願いしたところ、集塵機と印刷機が主な原因である事が分かり、防振ゴムの設置や機械のメンテナンス、また、工場外壁を防音性能の高い ALC への改修を行いっています。 工場側はこれらの調査・対策のために、専門知識を有する人材を役員に向かい入れるなど、積極的な対策を行ったようです。 これら対策の内容を、工場側から苦情者に説明し、苦情問題は解決したとしています。
今回の【事例10】に対する所感
冒頭でも申し上げた通り、今回の事例では、騒音レベルが規制基準を満たしているにも関わらず、低周波音に対して行政と工場側が積極的に対応している点が特筆されます。
騒音問題は、本来であれば行政に相談することで解決できるのが理想ですが、現実はそう簡単ではありません。 環境確保条例の規制基準を下回ることが確認されると、行政はそれ以上の対応が難しいと判断されるケースが多いからです。 しかし、騒音レベルと低周波音は評価方法が異なるため、騒音レベルが低くても、低周波音レベルが高い状況はよく見られる現象です。
従来、低周波音には明確な基準値がなく、訴訟や調停における前例も少なかったため、低周波音問題は個人の問題として見過ごされることが少なくありませんでした。 しかし、今回の事例のように、規制基準を下回っていても行政や工場が積極的に対応したことは、同様の悩みを抱える人々にとって大きな希望となるのではないでしょうか。